嵐の歩道橋(2013年6月お題SS)

BL♂UNION

高校生幼なじみもの。
倉田真迂さん幹事のお題SS(2013年6月)。
お題は「雨」。
約4000字。




「義人、帰るぞ」
「えっ、一輝、部活は?」
 窓側の席に座っていた義人は、一輝の端正な顔をゆっくりと見上げる。その大きな瞳が自分を見つめていることに気づき、慌てて視線をそらした。
「サボる」
 バスケ部の一輝は、いつものさわやかな低音でさらっと答えた。
「お前、こんな嵐の中を一人で帰るの、無理だろ」
 膝を折って机に肘をつきながら、もう一方の手で窓の外を指差す。
 確かに、ひどい嵐だ。滝のような雨と、暴れまわる強風。初夏の暑さが嘘のように涼しい。朝はもっと穏やかな、申し訳程度の雨だったのが、今はゴロゴロ、と遠くから雷の音まで聞こえてくる。
 義人は半袖のカッターシャツの裾を、意味もなくぎゅっと握りしめる。
「僕は、別に大丈夫だよ。気持ちは、うれしいけど」
 本当に、うれしかった。ドジで臆病で何の取り柄もない自分を、いつも気にかけてくれる一輝。高校生にもなって未だに子供扱いされるのはちょっと癪に障るが、こうやって構ってもらえるだけで、幸せな気持ちだ。
「行くぞ」
 一輝はさわやかな笑顔でその言葉を無視しながら、義人の腕を優しく引っ張り上げる。思わずドキッとしてしまう自分が恥ずかしい。
 そのまま教室を出る。すらっとした長身で面長の一輝と、小柄な丸顔の義人は、さわやかなショートヘアと坊ちゃん刈りの対照も極まって、ひどいでこぼこコンビだ。
「俺が義人と一緒に帰りたいんだって」
「えっ」
 耳元に告げられる、他愛もないはずのその言葉に、義人は過剰に反応してしまう。「そ、そうなんだ」と言葉を濁す。
 無意味に喜んでしまう自分が情けない。昔とは打って変わって、外見から内面から、何から何まで、ほぼ共通点ゼロの自分と何かにつけ一緒に帰ろうとしてくれる、一輝の変わらない優しさがうれしかった。
「……一輝くん、ちょっといい?」
 下駄箱の前で、一輝はクラスメートの佐々木に呼び止められた。ストレートの黒髪を肩まで垂らした美人。義人より背が高く、そのモデルスタイルとアイドルのような可愛らしい顔立ちは、男子の憧れの的だった。
 義人は佐々木のことが好きではない。馴れ馴れしく「一輝くん」と呼ぶその可愛い声も不愉快だった。最近の彼女は、昼休みも放課後も、ちょっと義人が一輝との貴重な時間を過ごしていると、遠慮なく割り込んでくるのだ。一輝が笑顔で佐々木に接するのが、義人には我慢ならない。
「なに? もう帰るんだけど」
 一輝の言葉は素っ気ないが、それでも口元にはちゃんと微笑が浮かんでいる。義人はそっと顔を背けた。
「ちょっと二人だけで話したいの」
 佐々木の、はにかむ声が聞こえる。きっと、顔も赤いに違いない。
「明日じゃダメか?」
 そんなこと言っちゃって、ほんと一輝は鈍感なんだから。義人は自分のことに思いを馳せながら、嫌いなはずの佐々木にわずかだけ同情した。
「今、話したいの。すぐ終わるから」
 自分の上靴を見つめながら二人の会話を聞いていると、玄関から入ってくる嵐の音と重なって、実にドラマチックだ。佐々木のすがるような口調の意味は、同じ気持ちを抱いている義人にはよく分かる。
 ついに、この時がやってきたのだ。今までだって、義人の知らない場所でこんなやり取りがあったかも知れない。
「分かった。――義人、ちょっと待ってて」
 その言葉を言い終わらないうちに――義人が顔を上げないうちに――佐々木は一輝の腕を引いて駆け出す。意外に積極的だ。義人は笑顔で手を振りながら一輝を見送ってやる。「何するんだよ」と言いながら空しく引っ張られていく一輝が、ちょっとおかしい。
 義人は歩き出した。
 一輝にとって、佐々木は今一番親しい女子のはずだ。小学校の時からずっと一輝を見てきた義人は、一輝が誰よりも深い好意を佐々木に対して持っているのがよく分かっていた。それが、恋であることも。
 仕方ない。
 義人は唇を噛みしめながら靴を履きかえる。
 それは実に当たり前のことだ。あんなに優しくて格好いい一輝に、今まで彼女がいなかったことの方がおかしい。友人として、自分は祝福すべきなのだ。
 鞄の中から、安物の紺色の折りたたみ傘を取り出す。朝はこんなに降ってはいなかった。こんな嵐になるなんて、全く思いもしなかった。佐々木の告白も。
 滝のような雨が、あっという間に義人の靴の中に侵入してきて、靴下をびしょびしょに濡らす。落ち込む義人をあざ笑うかのように、容赦ない風が義人から傘を奪い取ろうとする。
 風が強い時は傘を差さない方が安全なはずだ。それでも義人は傘の柄をすがりつくように握りしめていた。
 昔ほどではないにしても、遠くで聞こえる雷の音がちょっぴり怖かったのだ。もし自分のところに雷が落ちたとしても、この貧弱な傘が受け止めてくれるような気がした。
 目の前に現れる歩道橋を渡り始めた。
 傘が吹き飛ばされないように身を屈めながら、階段をゆっくりと上がる。
 明らかに両想いの二人だ。一輝は佐々木に告白されて、どんなにうれしいだろう。あの妙に積極的な佐々木に、今頃抱きつかれているかも知れない。キスだって……。
 そう思うと、どうしても苛立たずにはいられなかった。歩道橋のてっぺんまで上り終えると、怒りを発散させるように足をガタガタと大げさに踏みしめる。
「わっ!」
 義人は悲鳴を上げた。容赦ない突風と共に、ポキンという音がした。傘骨が折れてしまったのだ。
 義人の中で、何かが切れた。
「うああっ!」
 義人は癇癪を起こしていた。自分を雷から守ってくれていたはずの傘を、両手でがむしゃらに振り回す。その場の手すりに何度も叩きつけた。甲高い叫び声を上げながら、ボロボロの傘で手すりを、無我夢中で殴り続けた。
 いつの間にか、目から涙が溢れていた。何度もしゃくり上げながら、呼吸を乱れさせながら、それでも義人は声が枯れるまで叫び続けていた。腕の感覚がなくなってくるまで、傘を叩きつけ続けていた。嵐の轟音が無様な義人を隠してくれていた。
 全ての力を出し切った時、義人はその場にへたへたと座り込んでいた。ズボンから下着へと雨水が染み込む。気を落ちつけようと、その場で深呼吸を繰り返した。
 そのままゆっくりと立ち上がると、とぼとぼと歩道橋を反対側へ渡り始める。また出てきた涙は、さっきのような癇癪ではなく、悲しさがじんわりと染み込む感じだ。
 ガタガタッ、と後ろから音が近付いてきた。慌てて振り返る。義人を追って駆け上がってきたのは、雨でびしょ濡れの一輝だった。
「義人!」
 嵐に負けない大声で叫びながら、一輝は義人の前にたどり着く。右手が義人の肩に置かれた。息がひどく苦しそうだ。もう一方の手には、さっき義人が壊した折り畳み傘がある。
 雨のおかげで涙が分からないのが幸いだった。
「一輝……傘はどうしたの?」
 平静を装って聞いてみる。朝一緒に登校した時、一輝はちゃんと傘を持っていたのだ。
「なんで一人で帰っちゃうんだっ!」
「わっ……」
 一輝は義人の問いには答えず、そのまま義人を大きな腕の中にぎゅっと抱きしめた。足下に傘の残骸がぽろっと落ちる。
「心配したんだぞ……! それに、こんな強風で傘なんて……!」
 一輝は、この暴風で義人の傘が自然に壊れたと思ったようだった。
「ごめんっ……」
 義人は胸がいっぱいになって、止まりかけていた涙でまたまぶたをいっぱいにしてしまう。一輝が上にのしかかっているせいで、雨は義人の涙を洗い流してはくれない。思わずしゃくり上げて――背中が引きつるのを、止められない。
「義人……?」
 動揺した声の一輝が耳元で囁く。「泣いてるのか……?」
「ち、ちがうよっ……」
 それでも声が震えてしまうのは止められなかった。泣いていると分かったらしい一輝は、さらにいっそうの力をこめて、義人の体をぎゅうっと抱きしめてくれる。
 問い詰めるような目でのぞきこんで来る一輝に、何か言わずにはいられない。
「そ、それより……」
 義人は蚊の鳴くような声でつぶやく。
「佐々木さんに……告白……されたんだよね……?」
 笑顔で言ってあげるつもりだったのに、意志に反して、涙が止まらなくなってしまった。
「泣かないでくれ……」
 一輝は義人の問いには答えず、同じ言葉を繰り返した。「泣かないでくれ、義人……!」
 ピカッ、とすぐ近くで雷が光った。間近の恐怖に身を竦ませて、義人は一輝の背中にしがみつく。濡れて冷えた寒さと恐怖で、歯ががしがしと震えた。
「怖がらなくていい……」
 一輝は耳元で、優しく温かい声でつぶやいた。その時。
「んっ……!」
 唇が何かに塞がれて強く押し付けられたかと思うと、口内に何かが侵入してきた。驚いて目を見開く。
「んあっ……んんん……!」
 目の前に、一輝の顔がある。
 義人は、一輝に、キスをされていた。
 一輝の生温かい舌が、義人の歯列をなぞり、義人の舌とぐちゃぐちゃに絡んでいく。義人は手すりに体を押し付けられていた。息が、できない。
「んん……あっ……!」
 瞬間、一輝の唇が離れた。解放された義人は、肩で呼吸をする。
 懸命に呼吸を整える義人の顔を、一輝がのぞき込んでくる。義人は自分が一輝にキスをされたという事実が、未だに信じられずにいた。
「これで、泣き止んだろ?」
 そう言って、一輝はいたずらっぽく笑った。自分を泣き止ませるためだけに、キスをしたというのか? そう思うと義人はひどく悲しくなった。
「なきやませる、ため……?」
 義人は目を潤ませながら、至近距離の一輝に問いかける。
「ちがう」
 一輝は義人の目をじっと見つめた。「義人のことが、好きだから」
「え……」
 思いがけない言葉に、義人は混乱で目をぱちくりさせた。見開かれた目に雨が入り込んできて、涙なのか何なのか分からなくなる。
「わっ……!」
 義人の無様な悲鳴と共に、さっきのキスが再開された。義人がまだ泣いていると思ったのか、一輝は義人の背中を力強くさすりながら、舌で義人の口内をさっきよりも優しく犯していった。
 怖かったはずの雷が、今はなんだか微笑んでいるように感じられた。

(了)




こんにちは、作者の牛野若丸です。
倉田真迂さんが幹事を務めるお題SS、今回のテーマは「雨」でした。
4000字以内が目安ということで、頑張った結果、字数は、
3999字
という結果になりました(キリッ 笑)。
あまりにもベタで、がっかりした方も多いと思いますが(泣)、ちょっとだけでも温かい気持ちになって頂けたらうれしいです。
今回、牛野若丸としては初めての、三人称視点での小説になりました。
自分の場合、一人称視点だとひたすらキャラになりきってあれこれ書いて推敲、みたいな流れでなんとか(質はさておき)書けるのですが、三人称視点は油断すると実況中継式の文章になりそうで、とても苦労しました(汗)。
三人称視点で可愛い受けが書けるかな、と不安だったのですが、いかがだったでしょうか?
と、言いつつ、今回の受けはちょっと凶暴(苦笑)だったかも知れませんね、すみません(泣)。
癇癪を起こす受けってダメかな……?
最初書き上げたら5000字超してたのを、いろいろぜい肉そぎ落として3999字(キリッ 笑)まで整えたのですが。
その結果、描写不足の部分も多かったと思います。
反省点は、次回に生かしていきたいです。
ではでは、またどこかでお会いしましょう。

牛野若丸

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