なつかぜ(2013年10月SS)

BL♂UNION

匂い系新選組もの。
沖田の薬を買いに行く少年隊士のお話。
約4000字。




 京の治安維持に努める壬生浪士組隊士たちにとっても、真夏の暑さは厳しい。
 浪士組随一の強さを誇る副長助勤の沖田も風邪を引いてしまい、少年隊士の薫は看病を命じられた。
 初期の隊士不足の頃に採用された薫は、その子供っぽい顔と並み以下の剣の腕は相変わらずだが、そんな薫にも分け隔てなく接して、優しく剣を教えてくれる沖田のことが好きだった。
 懸命に看病する薫を、沖田は美しく整った切れ長の目を細めながら、「薫くんみたいな子供には、私の風邪がうつってしまいますよ」と心配してくれる。
 なかなか容態が良くならないので、薫は副長に新しい薬を買いに行く役目を言いつけられた。
「この暑さだ。残りの金で、帰りに茶屋にでも寄って来るといい。あと、隊服は着て行くな。お前はその方がいい」
 未熟な自分は、浪士組と知られない方が確かに安全だろう。
 着流し姿の薫は水玉模様の小袖と、折り目正しい白袴に着替えた。大刀と脇差を携えて、誰にも声をかけずに外へと向かう。沖田にも心配はかけたくなかったので、黙って出て行くことにした。
 町に出ると、周りの視線が薫に集中する。額に前髪が風情よくかかった姿と、身にまとう美しい小袖が、彼に奇妙な上品さを醸し出させていた。
 薬を受け取った薫は、そのまま診療所を出る。
 暑さは、一向に収まる気配がない。薫は袖で額の汗を何度も拭い取った。こんな蒸し暑さはめったにない。
 人ごみを抜け出すのは骨が折れる。暑さが体力を奪いつつあった。小柄な薫は自分を次々と追い抜いていく大人たちの背中に、目を回しそうになる。
 しばらくすると、それが軽い目眩に変わった。体内が水分を欲しているのだろう。
 どうしようもなく気分の悪さを覚えて、薫は一休みできる場所を探した。副長も帰りに茶屋へ寄るよう言っていたのだ。
 すぐ目の前に、茶屋を見つけた。外の席はすでに二人の浪人で埋まっている。
 薫は半ば倒れそうになりながら店に入った。一番手前の畳に上がって腰を下ろす。
「おいでやす」
 快活な甲高い声と共に出て来たのは、薫よりも年下の、小さな少年だった。
「冷たいお茶と、団子を下さい」
「はいっ」
 少年はうきうきとした様子で走り去っていった。すぐにお茶と団子が運ばれて来る。
 ――沖田先生に、早く薬をのませてあげなければ。
 食べ終えた薫は自分の任務の最終目的地を思い出し、急いで立ち上がった。少年に笑顔で代金を渡し、店の外に出る。
 足取りはさっきよりも軽やかだ。
 ――わあっ!
 後ろから、少年の叫び声が聞こえた。振り返ると、お盆の上の湯のみが倒れ、お茶が下に飛び散っている。
 そして、その冷たい液体は、外の席に座っていた二人の浪人の袴を、容赦なく汚していたのだ。
「も、申し訳ありませぬっ……!」
 少年が体を震わせながら土下座して謝っている。騒ぎを聞きつけてやって来た主は、見るからに気弱さをたたえていた。浪人二人は少年を責め立てている。
「このガキ、よくも武士の袴を汚しやがったな!」
「無礼者!」
 その声は武士というよりもやくざのそれに近く、始末に悪い。極端に大柄な浪人たちではないが、それでも薫に比べたらかなり大きい。
「どうか、お許しをっ……!」
 隣で土下座する主の弱々しい声が、泣き出してしまった少年の不明瞭な謝罪の言葉と重なる。二人で懸命に詫びているのに、浪人たちの方は一層怒りをあらわにし、一方の浪人が乱暴な手つきで少年の体に手をかけた。
 この浪人たちはなんと気の小さいことだろう。
 少年の身には危険が迫っていた。
 反射的に、薫は少年をつかまえる浪人に体当たりしていた。
 ――浪人は、倒された。その隙に少年の手を取る。少年はひたすら泣きじゃくりながら、薫の後ろに隠れた。主の方は恐怖で全身を震わせており、その場を動くことができないようだ。
「なんだこいつはっ!」
 気付いたもう一人の浪人が、ますます怒り出した。威嚇しながら距離を縮めてくる。薫は少年を背にして立ちはだかり、懸命に動くまいとした。
「おのれっ!」
 倒されていた浪人が起き上がった。薫の力など、たかが知れている。
「小僧、謝れ!」
「そのガキをこちらへ渡せ!」
 二人の濁りきった声は薫の恐怖をかき立てる。思わず数歩、後ろに退いた。それでもこの体勢だけは、変えてはならない。
 自分はこの少年を守らなくてはならないのだ。
「乱暴はおやめ下さい!」
 精一杯、腹から声を出そうと努めて言った。声が震えなかったのが不思議だった。少年をつかまえようとした手前の浪人の目を、懸命に睨んでみせる。
「おい、健気な奴じゃねえか。どこぞの色小姓かよ」
 隣からもう一人の浪人が言う。あざ笑うような口調だった。
 薫が見上げている方の浪人は、極度の怒りで顔を紅潮させていた。
「痛い目にあいたくなければ、今すぐそこを退くんだっ!」
「いやです!」
 薫はやや甲高い声で叫んだ。ここで逃げたら男じゃない、そう思った。
「こいつめ!」
 ――目の前の浪人は、刀を抜いた。
 隣の浪人も、抜いた。
 気丈にふるまっていた薫も、真剣の前では身が竦まざるを得ない。さらに二歩、三歩と、後ずさりした。それ以上は、自分の意志の力でなんとか押しとどめた。
 ただならぬ事態を認識した少年が、「どうか逃げておくれやす……!」と後ろから懇願する。薫は振り返らずに、「後ろに下がっていて下さい」と強い口調で言った。
 薫も、刀を抜いた。
 その瞬間に吹き寄せてきた夏の風が、薫の前髪を美しく乱す。ぬるいはずの不快な風が、いやに冷たく感じる。やはり臆しているのだろう。
 抜いて構える薫の切っ先は、かすかに震えていた。
「こいつ、震えてやがる」
 手前の浪人が面白そうに笑う。
(沖田先生……)
 薫は熱の下がらない、沖田のやつれた寝顔を思い出した。自分の死には通りいっぺんの恐怖しか感じない。それよりも、沖田に薬を届けられないまま死ぬのが悔しい。
 今、死ぬわけにはいかない、そう自分に言い聞かせたところで、自分に、万に一つの勝ち目もない。むろん、逃げるなどという選択肢は、薫にはなかった。
「さっさとかかって来い!」
 斜め前の浪人がけしかけてくる。さすがに子供を自分から斬り捨てるのは気が咎めるのだろう。こちらから向かって来たところを斬るつもりなのだ。
 薫は、死を覚悟した。
(沖田先生……)
 では、参ります……。
 ついに一歩踏み出そうとした、その矢先だった。あっ、と浪人たちが間抜けな声を漏らすのを聞いて、薫は動きを止めた。
 浅葱色の華麗な隊服が目に入る。
「み、壬生浪士組だっ……!」
 二人が悲鳴を上げている。
 男が深く笠を被っているせいで、顔は見えない。男の抜いた白刃は夏の陽射しを浴びて、実に鮮やかな輝きを見せた。
 自らの刀を構えた体勢のままの薫は、首筋に吹きつける冷ややかな風を感じたが、さっきのような不快さはない。息をのんで、男の一挙一動を見守る。
 次の瞬間に見たものは、鋭い峰打ちをくらってその場に倒される、浪人たちの無様な姿だった。
 浪人たちは鈍い声で呻き、しばらくは立ち上がれそうにない。その様子を見下ろすと、男は薫には目もくれずに、そのまま早足で立ち去ってしまった。
 何も言わずに危機から救ってくれたあの男は、一体誰なのだろう。顔も分からない。
 薫は、結局何も斬らずに美しく輝くだけの刀を、ゆっくりと鞘に収めた。
「お力になれなくてすみませんでした」
 主と少年の目を交互に見つめながら、薫は本当にすまなそうに謝った。
「いえ、そんな」
「お礼はあのお方に言って下さい。では」
 薫は返事を待たずに、くるっと二人に背を向けて歩き出した。決して振り返りはしない。精一杯の笑顔を見せたつもりだ。
 ぐんぐん、歩みを進める。自分の無力さにひどく腹が立った。
 薫は急いで病床の沖田のもとへ向かう。途中で着流し姿に着替え直すのを忘れない。
 あの出来事をわざわざ話す気はしなかった。右手に薬をしっかりと握りしめる。
 障子は完全に開け放たれていた。沖田は布団から体を起こして、縁側の風鈴に視線を向けていた。ひどく顔色が悪い。
「沖田先生、大丈夫ですかっ?」
「だいぶよくなりましたよ――」
 そう言う沖田の声は、明らかに苦しそうだった。額にちょっと小さな手の平を当ててみる。
「熱がまた上がっています。薬をのんだら、どうか寝て下さい。新しい薬を持って参りました」
「え?」
 沖田の笑顔が少し曇る。
「困りますね。薬は苦いから……」
「ちゃんとのんで頂かないと、私が叱られてしまいます」
「じゃあ私がのんだと言って、口裏を合わせて下さいよ。どうせもう治るんだから」
 そう言う声は、はっきりとした拒絶にしては力がない。
「だめですよ」
 薫は半ば強引に、手に握りしめていた薬の包みを差し出そうとした。沖田はそれを見て、なぜかにっこりと微笑む。
「何か、手についていますよ」
「え……?」
「ほら、手首のところに」
 沖田に優しく腕をつかまれ、手首から何かを取られた。いや、何も見えない。よほど小さいものだろうか。
「ほら、これ」
 薫の目の前に、ひどく小さな、白っぽくねっとりとした、粒のようなものが見せつけられる。
「薫くん、私に隠れて団子を食べて来ましたね」
 あはは、と沖田は楽しそうに笑い出す。こんな小さな証拠によくぞ気づいたものだ。
「す、すみません……」
「いいですよ、別に。ただ、一人でうろうろするのは、やめておいた方がいいですよ」
 沖田はにこにこと、顔を赤くして困惑する薫を見つめている。一呼吸分の間があってから、沖田は言った。
「薬、のみますね」
 そう言って薫の手から、そっと包みを取ってくれた。
 薫の差し出す湯のみから水を口に含み、沖田はひどく苦々しい顔をして、その薬を勢いに任せてのみ込んだ。
 全てのみ込んでも、しばらくその苦渋の表情は消えそうにない。
 やっと小さな危機を脱すると、薫の介抱で素直に横になりながら、沖田は優しい声でつぶやいた。
「――危ないところを、大変でしたね」

(了)




こんにちは、作者の牛野若丸です。
この作品は、以前全く別の名前で活動していた時に書いた時代小説を、今の自分の作風に合わせて書き直したものです。
今回はいわゆるBLというより、匂い系って感じになっていると思います。
物足りなかった方はごめんなさい(汗)。
もとは1万字以上あったストーリーを4000字以内にまとめました。
これが初めてのお題なしSSですね(笑)。
感想を頂けるとうれしいです。
ではでは、またどこかでお会いしましょう。

牛野若丸

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